詩と写真でつづる311 関久雄「原発いらない、いのちが大事の歌」

「中2の息子は反抗期」

中2の息子は反抗期、真っ只中でしかも学校をよく休む。朝、起きれない、頭が痛いと言うので病院に連れて行った。問診票に、「夜遅くまでスマホでラインとかメールとかやっている、母親がうるさくいうと暴れる」と書いたら、案の定、ケータイのやりすぎで視神経が疲れ頭痛がするのだという。寝不足、8時間は寝るようにと言われた。でも、できない。今週は遅刻して一日、行っただけだ。「学校、行きたくないのか」と聞くと「つまらない」と言う。成績は悪い。ただ、サッカー部にいて今年は山形県大会で優勝した。「蓮たち、福島から来た子たちのおかげだね」と言われ、連れ合いたち抱き合って涙したという。

原発事故の翌年の3月、「転校はいやだ」と泣いて嫌がる小六の息子を連れて米沢に避難した。ようやく慣れたかと思ったが、いまは「高校は二本松に行きたい。中学は米沢で、その後は好きにさせると言っただろう」と怒る。「いまのお前の成績だと二本松は無理。勉強しないと高校は行けない。いっそ働いたらどうだ、大工さんにならないか?」と言うと、嫌だ、高校に行きたいと言うので、勉強したくないのに何で高校に行きたいんだ?と聞いたら、「遊ぶんだよ」という答えが帰ってきて唖然、「ばかやろう、自分で飯食えるようになってから遊べ」と怒った。連れ合いは福島には絶対、やりたくないと言う。

夕方、「今日も頭が痛いと休んだ」と連れ合いから電話があった。うーむと考えて、息子に電話で「具合の悪い時は無理して学校にいくことはない、休みな。体を大事にしないと」と話した。理由はなんであれ、休みたかったら休むしかないなと思う。高校に行きたいなら勉強しないと入れないことを実感するまで待つしかないとも思った。
ふと、生活の場が学びになるホームスクーリングをやっている原田さんのことを思い出した。3人の子供達は学校に行ってなかった。でも、上の子が5年生になる時に自分から「学校に行きたい」と言い出し、通い出したという。自分で決める力が育つまで待っていたのだろう。嬉しかったと原田さんは話されていたっけ。

息子を怒ったり怒鳴ったりして学校に行かせるのではなく、本当にしたいことを考えてもらう手助けをしなければならないのだろう。そのために1年や2年休んだって構わないと思えるかどうかなのだ。でもなあ、放射能の高い二本松に行きたいと行ったらどうするか。周りからは絶対、行かせちゃだめだと言われるが、どうしてもと言うなら、オレは一緒に被ばく覚悟で二本松に行くことも考えているが、間違っているかなあ。どっかで気づいてくれると思うんだよ。





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by johnny311 | 2015-04-12 11:44 | 日々の詩2013年