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詩と写真でつづる311 関久雄「原発いらない、いのちが大事の歌」

カテゴリ:日々の詩2013年( 15 )

「中2の息子は反抗期」

中2の息子は反抗期、真っ只中でしかも学校をよく休む。朝、起きれない、頭が痛いと言うので病院に連れて行った。問診票に、「夜遅くまでスマホでラインとかメールとかやっている、母親がうるさくいうと暴れる」と書いたら、案の定、ケータイのやりすぎで視神経が疲れ頭痛がするのだという。寝不足、8時間は寝るようにと言われた。でも、できない。今週は遅刻して一日、行っただけだ。「学校、行きたくないのか」と聞くと「つまらない」と言う。成績は悪い。ただ、サッカー部にいて今年は山形県大会で優勝した。「蓮たち、福島から来た子たちのおかげだね」と言われ、連れ合いたち抱き合って涙したという。

原発事故の翌年の3月、「転校はいやだ」と泣いて嫌がる小六の息子を連れて米沢に避難した。ようやく慣れたかと思ったが、いまは「高校は二本松に行きたい。中学は米沢で、その後は好きにさせると言っただろう」と怒る。「いまのお前の成績だと二本松は無理。勉強しないと高校は行けない。いっそ働いたらどうだ、大工さんにならないか?」と言うと、嫌だ、高校に行きたいと言うので、勉強したくないのに何で高校に行きたいんだ?と聞いたら、「遊ぶんだよ」という答えが帰ってきて唖然、「ばかやろう、自分で飯食えるようになってから遊べ」と怒った。連れ合いは福島には絶対、やりたくないと言う。

夕方、「今日も頭が痛いと休んだ」と連れ合いから電話があった。うーむと考えて、息子に電話で「具合の悪い時は無理して学校にいくことはない、休みな。体を大事にしないと」と話した。理由はなんであれ、休みたかったら休むしかないなと思う。高校に行きたいなら勉強しないと入れないことを実感するまで待つしかないとも思った。
ふと、生活の場が学びになるホームスクーリングをやっている原田さんのことを思い出した。3人の子供達は学校に行ってなかった。でも、上の子が5年生になる時に自分から「学校に行きたい」と言い出し、通い出したという。自分で決める力が育つまで待っていたのだろう。嬉しかったと原田さんは話されていたっけ。

息子を怒ったり怒鳴ったりして学校に行かせるのではなく、本当にしたいことを考えてもらう手助けをしなければならないのだろう。そのために1年や2年休んだって構わないと思えるかどうかなのだ。でもなあ、放射能の高い二本松に行きたいと行ったらどうするか。周りからは絶対、行かせちゃだめだと言われるが、どうしてもと言うなら、オレは一緒に被ばく覚悟で二本松に行くことも考えているが、間違っているかなあ。どっかで気づいてくれると思うんだよ。





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by johnny311 | 2015-04-12 11:44 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「プレゼント」

帽子 手ぶくろ くつした 絵本
おまけは 白い チョコレート
これは こどもへ プレゼント

帽子 手ぶくろ くつした 手紙
おまけは 細身の メントール
これは あなたへ プレゼント

ごめんね 
とりあえずの プレゼントで
クリスマスには 届くよう
コンビニの サンタに 頼んだから

暮れには みんなに 会えるよう
あなたの 傍に いられるよう
夜空 見上げて 祈ります

願った ことは
叶えられた ことと 思いなさい
これは 神さまの 言葉

福島に 残る わたしに
トマムの モニカが
プレゼント してくれた

雪の花 きらめく
マイナス 20度の 北の大地から

(2013年12月23日)





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by johnny311 | 2015-03-01 10:23 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「えっちゃん」

セキさあん お久しぶり

ああ えっちゃん なつかしい
何年ぶりだろ

目の前の えっちゃんは
お腹 パンパン 大きくて
いまは すっかり お母さん

中学生の えっちゃんは 学校 おとなに 反乱し
自分を殴った 先公に スリッパ 手にして やり返す
18才の えっちゃんは 引きこもりの 弟を
私の塾に 連れてきた

20年ぶりかな
ぜんぜん 変わっていね セキさんは
あの頃は もっと ギラギラしていて でも
信用できる おとな だと 思ったよ

ありがとう うれしい そう 言ってもらえて
避難して 米沢に来たの

ううん 事故の前 嫁にきた
「ふわっと」 はね
ときどき 子ども連れて きているの
福島の人が いるからさ
原発事故が なかったら ここで 再会 してないね
子ども 産んだら 
わたしも 動くよ この子のためにも

きっと あなたの やることが
きっと あなたと やることが
あって 再び 出会っている
めぐる いのちの 輪の中で

(2013年12月10日)





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by johnny311 | 2014-12-19 22:38 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「金曜の夜の 歌うたい」

セキさん 久しぶり 
この頃 歌がなくて さみしかったよ

ああ どうも サクマさん
青森 岩手 富良野 と 旅回り
原発いらないの 紙芝居と 
詩の朗読を やってきた

詩集 私も 読んだよ 
感想? なみだ 出た
きょうは いっぱい 歌ってね 

金曜の夜の 歌うたい 
きよし この夜 サンタが街にやってくる
今夜は ホワイトクリスマス そして
原発はいらない 命が大事 の 歌

道を 急ぐ人たちは 不思議なもん 見るように
笑われて 無視されて 
それでも 歌は 聞こえてる

メリークリスマス
いい年に なりますよう
メリー メリークリスマス
どうか 原発 止まるよう

(2013年12月21日)

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by johnny311 | 2014-12-14 21:30 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「仮設訪問」

アイロンで おめさんの
背中の 手当て いたしましょう
タライの 足湯で おめさんの
足の 指もみ いたしましょう

ああ あったかくて  気持ち いいない
人生 照る日 雨の日 あるけんど
雨の日のほう 多かった 気がする

そうですか  その雨の日を
よく 生きて こられましたね

雲の 上は いつも 晴れ
願うことは 叶ったこと と
そう 教わった からね
はい 神様 から

おら ここさ いるしか ねえかも しんねえ
だども 子どもいる 人たちは
出られるなら 出たほう いいべ
放射能 だもの この先
なにが あっか わからんし

ああ おかげさんで ほっか ほか
すっかり 楽に なりました

仮設でも どこでも
幸せに 生きて 幸せに 死んでいく
それを 決めるのは わたし
国や エートス ではない

(2013年12月8日)

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by johnny311 | 2014-12-07 18:23 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「国家ヒミツ法」

避難した先 米沢の
絆の森の 遊歩道

ひらひらと 舞い落ちる
赤や黄の 木の葉の 向こう

あの とんがりは いわいがめ
あの 高いのは だいあさひ

葉っぱ さわって いいの
ああ ここは だいじょうぶ
いっぱい 集めよう きれいな 葉っぱ

国家ヒミツ法ってのが できるんだって
なに それ
国は 都合の悪いことは隠し
おかしなこと 調べたりすると 刑務所行き
じゃあ 原発でなにか あったって 教えないの
2011年の スピーディ みたいに

結局、 政府は この子たちを どうしたいの
安全だ 問題ないって まるで
死ぬのを 待っているみたい
そんな国は 滅びるよ 若い子が 生きられない

葉っぱ落ち 間伐 終えた 山道から
真っ白な 飯豊の山 見えた
赤いのは ナナカマド
落ち葉を ひろう お前たちが
来年も 拾えるよう お父さん お母さんは
原発にも
国家ヒミツ法にも 反対するよ

(2013年12月3日)






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by johnny311 | 2014-11-24 19:37 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「戦争の足音が聞こえる」

昔 学生の 俳句詠み
「廊下の 奥に 戦争が 立っていた」
の 句で 監獄へ ぶち込まれ

昔 創価学会 牧口常三郎
日蓮の教え 訴え 逮捕され
獄中 非業の 死をとげる

昔 親父は 徴兵で
満州 パラオと転戦し
最後は 華中で 捕虜となる

いやおうも ねえ 戦争 やんだって言ったって
みんな 引っ張って 行かれたんだよ 軍隊に
母っちゃは おっかねえ 話を 教えてくれた

昔 治安維持法で
いまは 国家ヒミツ保護法
強行しようとする 勢力の その先にあるものは
もの言うひとを 刑務所に
宗教者へは 転向を
その次は 徴兵で 
おめさんの 息子を 戦争へ
いやいや まずは 福島で 原発事故の後始末
被ばくしたら 使えねえ 人はなんぼでも いるんだよ

ヒミツ法を強行したい あなた方よ
戦争で 殺され いまだ さまよって
この国の 行く末を 案じている
幾億 幾千、幾万の
魂の声が 聞こえないのか
生きながら 呻いている
民の叫びが 聞こえないのか

(2013年12月6日)






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by johnny311 | 2014-11-18 21:05 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「わからなさとリアルな気持ち」

●「福島のいま」を伝える映画づくり
12月15日、大しけの日本海を渡り佐渡へ行ってきました。保養のドキュメンタリー映画「むすんでひらく・佐渡へっついの家」の編集作業のためです。キャンプで起きたさまざまなできごとを通して、「保養とは何か」や「福島の今」を浮かび上がらせ、私たちはどういう社会で生きたいのかを探る映画です。

●感じたものはリアルな気持ち
10月に岡山南高校の演劇部で福島の話をしてきました。彼らが福島からの転校生をテーマにした脚本、「生徒会(ぼくら)とわらしとはじまりの夏」をやることになった時、「これは絶対、福島の人の話を聞くべきだ」となり呼ばれました。私は息子が米沢に避難することを描いた紙芝居と詩の朗読と福島の話をしました。その後、南高校は中国大会で受賞、来年の「春季全国高等学校演劇研究大会」でこの劇を上演することになりました。先日、生徒さんと先生からお礼の手紙をいただいたのでその一部を紹介します。

(生徒さんより)
「関さんのお話を聞いている間、今まで感じたことがないくらいに胸がじんじんとしていました。今でも、まだまだ私たちの知らない気持ちや現状がたくさんあると思います。しかし、関さんのお話の時に感じた胸の痛みや私たちの気持ちは、まぎれもなくリアルなものだったと思います。このリアルな気持ちをミク(転校生)や生徒会メンバーを演じながら表現していき、等身大の私たちを、この想いを舞台にのせて私たちの劇を観に来てくださった方々の心に残るような舞台にできるよう頑張ります。」

(先生より) 
「あの日から、生徒たちは目の色を変えて作品づくりに取り組むようになりました。身を切るような思いで福島の現実やご自身のことを語ってくださった関さんの思いを受け止めて、表現者としての責任とこの作品に挑む覚悟のようなものを自覚したのだと思います。 ―略― 私は「理解」とは「完全には理解できない」という自覚の下に初めて成立するものではないかと思っています。分からないからこそ分かろうと努力する、今回の作品の中で伝えたかったメッセージのひとつです。」

●被害者と支援者の溝を超えるもの
以前、テレビで津波に襲われた小学生6年生のクラスを追ったドキュメントがありました。その中で女の子が、「他県の人に『大変だったね』と言われると、あんたらに何がわかると思ってしまう。でも、同じ地域の人に『大変だったね』と言われると、うんそうだったって素直に言える。この違いは何だろう」とつぶやく場面がありました。原発被害者とそうでない者、その間には悲しいけれど溝がある。でも、私たちの映画づくりや南高校の演劇などのように、お互いの間に横たわる溝を埋めようとする脱原発文化の動きがあります。放っておいては何も伝わらない現実をどうやってつなげるか、それが原発はいらないとする運動に求められているのです。
「へっついの家」の映画も2014年の1月には完成させ、春からは全国で上映運動を展開したいと思っています。来年の3月の岩手で行われる「春季全国高等学校演劇研究大会」には行ってみたいな。どんなお芝居が繰り広げられるのでしょうか。


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by johnny311 | 2014-07-04 11:13 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「保養相談会場はまるで」

まるで バーゲン会場だね
いいものから 売れていき  保養の はしごの 人もいる

情報格差 あるからね  行ける人は 何度でも
一度も 出たこと ない人も いて
結局さ  受け入れする 人たちが
なにを 手渡したいか じゃないの

いらっしゃい
佐渡 「へっついの家」の キャンプは
二週間から  一ヶ月  いつ来て いつ帰ってもいい
ベクれていない 食と水
免疫力をしっかりと  内蔵 元気の 手当法
これが 基本の三つ です
それとね まきを拾って 風呂わかし
かまどで まきの ご飯炊き
原発なくても エジャナイカ
少し不便で なつかしい そんな暮らしを 手渡したい

冬休みもやっからない
良かったら 佐渡 保養に 来てくなんしょ
待ってるからない

まるで バザールだね
必要なものがここにある
福島 もどってきた人や  ここにいるしかない人や
きちがい扱い される人  子どもだけはと 思う人
お茶して 手当てや相談で 少しは気持ちも ホッとして

あそこだったら 行っても いいかな
あの人だったら 話しても いいかな

おみやげの 野菜を手にさげ お母さん
こころ ひそかに 思うのです

(2013年12月2日)

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by johnny311 | 2014-06-18 09:12 | 日々の詩2013年 | Comments(0)

「りぼんハエ取り 」

わが家は ぼっとんトイレ
りぼんハエ取り ゆらゆらと
ハエがつくのを 待っている

なんだ おめえらは ペラペラで ちっこくて
便所のハエか ミバエじゃねえのか

今年の りぼんハエ取りの 死がい
去年の ハエの 十分の一
3・11から 小さくなってねえか セシウムか
ハエ どっかさ 行ったんでねえべか

おそる おそる 便器の中 のぞく
いるわ いるわ うじゃうじゃ ウジ虫たちが
こいつら あの ペラペラのハエどもなのかなあ 

夏 ウンチのたびに おれのケツをペタペタ歩き
ヒエー と情けねえ声を出させた あの黒い
憎たらしい ギンギラのハエどもは どこさ行ったんだ

リボンハイ取り ゆらゆらと
ぶっとい ハエを待っている
そういえば 蚊も見ない
セミは・・・

(3013.6.2)

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by johnny311 | 2013-10-17 21:14 | 日々の詩2013年 | Comments(0)