詩と写真でつづる311 関久雄「原発いらない、いのちが大事の歌」

「戦争の配給」

戦争の配給 ついてくるお米
食らった者は みな 狂う

ぼくは 大きくなったら リクグン グンソウになって
おクニのために はたらきます
わたしは ジュウグン カンゴフになって
ジュウゴの守りに つとめます
先生が 前に立った
下を 向いたままのテツオ
「なぜ だまっているんだ」 バシっと 平手打ちがとぶ
よろつく小学1年生 ふるえあがる教室
アイツ なんでこたえないんだ 非国民め
うまく言えば ぶたれないですんだのに
少年は 毎日 まいにち
死にたい 死にたい と つぶやいていた

テツオが死ななかったのは 「終戦」という配給があったから
少年が生きられたのは 「平和憲法」と「民主主義」が配給され
そこには 人間の切ない望と いのちの糧があったから
テツオさんは それをなめなめ 生きてきた
ジージになっても 車いすの 難病の障がい者となっても
オレの目の黒いうちは と 平和をこさえてきた

セキさん 福島はどうですか

あれから4年7カ月 自死の人 増えまして
心 病んだからでねえ 逃がされね 保障も打ち切られる
追いつめられて 死ぬしか ねぐなっているのです
安保法 強行採決させて
原発と軍需産業で まんま食う国になりたくて また
戦争の配給 始まってるんで ねえべか

(2015年10月14日)

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by johnny311 | 2016-06-19 22:24 | 日々の詩2015年